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にっぽんコラム

■サムイ文章、着替えることば■
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StudioZeroとほぼ同時進行で1年間続けたサイトがある。そこはモノ書きスペースを拝借して好きなことを綴る場所(以降Bとする)。大抵の人が長文派、かなり文学に精通した人もいれば、フツーのOLサンやら、SOHO従事者、こんぴうた関係の人など様々。

数日前、何気なく最初の頃のB私ログに目を通してみる。自分の感情剥き出し吐露づくしで、全てが主観的。ここが私の男性部分なら、Bは完璧女性部分での勝負。「こんなオンナ御免だね」そう思われてもしょうがないほどサム過ぎ。

私は自分が映ってるビデオが嫌い、しかもナマの声が入ってるともっと嫌い!B私ログもそれとおなじで大嫌い!!ただ私ログは消去できない、Bが存在する以上、自分の恥部曝け出し状態、嗚呼おぞましや。それでもB私ログを気に入ってくれる人達もいる、だから1年も続いた。

Bからくるメールと、猿人系からくるメールでは相手のタイプも二分される。前者はかなりディープだったり、井戸端内容が目立ち、女性的。

後者はお世話になってる歴史の短さからか、サラッとしたビジネス会話風が主で男性的。このように、読む相手も内容によって変わる。

どちらか片方に傾くとつまらない、両方こなすことが、私のバランス維持に繋がっているからだ。
モノを書くのは御洒落感覚、いろんな服を着替えるように、文章もいろいろ変えてみよう。更に自分の中に潜む異性の部分でモノを書いてみる、すると今迄とは違った自分に出会えるかも。


 
■流行ってるおんがく■
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■Will Smith "Wild Wild West"■

彼の動きスキです。ヒップポップの人は皆誰しも同じ動きに見えるんですが、彼は手の動きに表情があり、自分を大きく見せるコツを知ってます。今日はヒット1位のビデオクリップを鑑賞、確かスティービーワンダーも歌ってましたよね?

そのスティービー、"Overjoyed"をテレビで披露した時、司会者の男性が感激で男泣き。ついでに歌い終わったスティービーにアツイ抱擁ナドなさってました。

この曲、以前「彼女を部屋に誘ってその気にさせるラヴソング特集」というものに収められてたんです。ただいっくら音楽が良くても、その他「+α」の要素なしには、ね。成功を収めた方いらっしゃいます?

余計なことはさておいて、いま目の前にある物事が見えなくても、人の心の奥底にあるものを捉えるスティービーの透視眼は御見事!

さてWのおんがくに話を戻しましょ。"Just a two of us"はこの人が歌うとダイナミック過ぎてちょっとダメ。それよりToshi Kubotaの方が、そしてより Bobby Coldwellの方がさり気なくて宜しいです。
同じ曲でも、歌う人で随分と雰囲気が変わるんですね。


 
ネットに真実はあるのか?〜ネカマ判別法〜
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インターネットでは女性で通しているが、ホントは男性という人のHP、過去から現在に至るEメールのやり取り公開、相手の男性は見知らぬ女性宛に返信してるつもりだ。

そのネカマは毎回違う設定でナンパ男の気を惹く。ある時は経験豊富なOL嬢、またある時は彼氏とマンネリの退屈女、よくもまあ想像力が膨らむこと!

様々なタイプの男性にネカマは変幻自在な文章で涼しげに応対するが、その実そうやって世の中を嘲笑う。恐らく殆どの男性はネカマの正体を見抜けないだろう、特にH系ナンパ目的の男性は。

唯一見抜けるとすれば、それはかなり多くの人と接し、いろんな経験を経て洞察力に磨きがかかった人。このテの男性ならネカマの逆利用もできるし、またホントの女性も一目置く。

ネカマは文章がかなり女性的、しかも三歩下がって男性をたてる。どうかするとホントの女性以上に古風でおしとやかだ。

ホントの女性でインターネットをする人達は、趣味や外見がどうであれ、どちらかと言えば男性的。サバサバして逞しく、文章もネカマのようにしっとりとは書かない(場合が殆ど)。

ネット上では自分の持たない性を演じるのが簡単。またそれは自分が理想とする異性像を自ら演じることで自己陶酔しているに過ぎないのかも知れない。

私はよく男性言葉をネット上で書く。どうもこれを嫌う男性が多く、更に説教まで受けてしまった。
このように男性主体社会インターネットは、女性に対する要求も厳しい。だからこそネカマが登場しては、そんな男性を面白がってオモチャにするのだ。くれぐれも気をつけよう。


 
美人の定義とは、これ如何に
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美人の中には、舶来美人、ブランド美人、化粧美人、コーディネイト美人などがおられて、それぞ
れ分析して区別してみると、総合的にバランスのとれていない方々が、意外と多いことに気がつ
きました。 

奥さんはこれらのアンバランスな美人に対して、アンサンブル美人といえば良いのだろうか・・・
洗練されたセンスの調和美人と言ったほうがいいかも・・・・ 

これは、桜蘭という中国人留学生が書いたコラムの一節。美人というのはどういう人を指すのか、そのレベル分けは一体どうなされるのか?造形面での美人というのは多分に親から受け継いだ先天的要素が強く、物心つく頃から周囲に注目され易い。

美人は性格が悪いと言われるが、幼い頃から貶されたり馬鹿にされ続けた人よりは、可愛いと言われてきた人の方が性格も良い。外見に中身が伴うと、更に人から愛される機会にも恵まれる。

だがそういう人を面白くなく思う人も当然いるわけで、嫉妬の念に囚われ、醜い表情を曝け出し周囲に顰蹙を買う。そこで心機一転、キレイになろうと自分磨きへの道を選択するか、人のことを気に掛けるに止まるかで、その人なりの美人度に差がつく。

造形美人でも桜蘭の言うようにアンバランスだと魅力度は劣る。ファッションセンス、歩き方、食べ方、話し方などと調和美人への道程は長く険しいのだ。

最近の日本の若者ファッションをチェック。モデル風情で素人離れし、目立ち方を知っている、流行に敏感、男の子でもヘアケアに余念がない。だが皆同じ、相手との区別が付け難い。「平均的バランスに優れるが突出した人がいない」というのは、日本の事勿れ主義の象徴か?

いま私の周辺で調和美人だと思える女性は大抵が年配者、それもごく稀にしかお目にかからない。想定年齢60前後、無駄な贅肉がなく背筋は伸び、褐色の肌に黒のミニスーツを召されている女性。髪は完璧なグレーだが、敢えてそれを隠そうとせずお洒落に結い上げている。

彼女には迷いや疲労の色といったものが微塵も感じられず、もしかすると家庭や仕事でいろんなことがあるのかも知れないが、何が起ころうと周囲に悟られまいとするだろう。

ほんの瞬間すれ違っただけの女性に、ふとそんなことを思った。美しい年輪の重ね方は何事にも代えることの出来ない貴重なものであり、またそういう人こそ調和美人に相応しい。


 
英語教育という商売
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かつて学生の頃、当時”アメリカかぶれ”していた私に、或る日調子の良い友人が近づいて来た。『英語好きなら面白い所紹介するよ。』

浅墓にも友人のたった一言で足を運んだのは、企業としては繊維、医薬品等で有名な帝人グループ資本英会話サロン。そこで先ず英語教育システム説明担当者と合う。

田村正和風で声のトーンも営業慣れしたソフトボイスの彼、「さぞや女性に上手いこと言って公私共に美味しい思いしているんだろな。」頭の中で彼を判断するくらいの余裕はあった。会社概要に始まり、お決まりの社交辞令、そして英会話力診断。

”I'm coming...”で始まるアメリカ家庭の親子会話を見せられる。私は冒頭セリフを『今来るよ!』と声高に英訳。そこへすかさず田村の営業シャワー!

「そう、日本の教育ではどうしても妙な英訳になってしまいがちなんですよ。これは”只今帰りました”がアメリカ流の訳仕方で。。。」、と終始ソフトな中にも”販売実績棒グラフ1位達成”の意気込みを見せた彼。

そしてお次は田村に勧められたアメリカ人講師による英会話面接へと進む。ありきたりの面接に、ここぞとばかり張り切る作者。そしてこの単純明快な日本人を”アメリカ流誉めちぎり術”でほろ酔い気分にさせる教師。

そして翌日、田村から英会話面接結果報告の電話が入る。『いやあ大したものですね、貴方の結果は上級クラスと出ましたよ。』この一言は、かぶれた私には絶好の口説き文句だった。”上級”の言葉は日本とアメリカを股にかける一流企業勤務姿の私を描き出す。

早速いつでも好きな時に学べる豪華教材、そしてゴージャスなサロンでの英会話教室、アメリカ人との頻繁なパーティー等ワンセットになった英語教育を受けることに。確か総費用15万程?まるで宗教団体に洗脳された信者同様サロンへ通い出す。

ところが上級クラスはかなり手強かった。新聞の政治経済事情に始まり法律問題と、未熟な若者が太刀打ち出来る内容ではない。それでもパーティーは、目立つことに於いて朝飯前の私には自分を発揮する最良の場所で、ほんの少し誉められた位で気分は有頂天!

だが豪華教材には何故か学習意欲が湧かない。購入したという満足だけで満たされた気になってしまう。そんな私が疑問を感じ出したのは、外人教師の入れ替わりが激しいということからだった。

アメリカ人は気に入らないと直ぐ文句を言う。「ここの学費は高すぎるよ。それに僕等への待遇も良くないからYMCAに移ろうかと思ってるんだ。」

何人かのアメリカ人もそれに賛同。何も高いお金出さなくても公共機関とか自分達の繰り出すナイトスポットへ来ればそれで充分、というのが彼等の結論。

その後、私は教材への興味失せ、サロンからも徐々に足が遠のいた。教材購入出資者であった父親に大説教され、母親は抱えきれぬ程の教材を営業所へ叩き返し、国民生活消費者センターへ苦情問い合わせをした。

『学問に王道なし』を身を以って知らされた苦い経験であった。


 
70年代ナツメロ
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日本の歌謡曲サーチ→http://www.japan-music.or.jp/
RealAudioナツメロ→http://www.japan-music.or.jp/Topics/MQ/Search/realaudio.html

上記サイトでは、アイウエオ順と西暦毎の歌謡曲が検索可能。
倉田まり子、豊川誕、あの大信田礼子の名も!彼女は昔、都倉俊一の妻だった人(?)で、その後クラブママとして再デビューしたと記憶。私は銀座系女性に目がないのである。

長時間ハマッたのが、リアルオーディオで聴く、70年代から80年代の懐かしい歌謡曲。岩崎宏美の「二重唱」、高音域は松本明子の声に似ている。

伊藤つかさ「少女人形」。彼女こそ、少女ブームに火をつけた張本人ではなかろうか?昔彼女系の友人がいたが、事ある毎に「お涙作戦」、そしてパステルカラーに包まれた雰囲気で周囲を翻弄する。友人になっても、彼女にするのはシンドイ。

Charの曲が2曲収められているが、彼のギターテクニックには以前から一目置いている。正統派アメリカンロックの真髄に迫る音色、抑え気味のボーカル。テレビの生ライブ、とても妻子持ちとは思えぬ渋い味を出していた。

最後は朱里エイ子「北国行きで」を聴きながら、外の雪景色を眺める。昨今のダンス中心グループもヨイが、バックにオーケストラ風メロディ流れる懐メロは、今も色褪せない。


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